「戦争と女性の人権博物館」日本後援会

尹美香氏の報告(集会での発言)

 尹美香です。韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)がつくろうとしている博物館の名称は、「戦争と女性の人権博物館」です。日本軍「慰安婦」被害者の歴史は重く、考えただけでも苦しいテーマだということは、私たちも分かっています。そのような重く、苦しいテーマを、どのようにしたら子どもや戦争を知らない世代に知らせることができるのか、どうしたらお弁当を持って母親と手をつないで来て、一日中その中で過ごし、帰ってからしばらく経った後でまた行きたいと思うようなものにできるだろうか、と悩んでいます。それが、私たちが望む良い博物館のイメージなのです。
 博物館がなぜ必要なのかについては、私が繰り返さなくても皆さんご存じのことと信じます。むしろ韓国よりも日本の方が博物館に関する文化が発達していますから、説明は省略します。ただ、日本軍「慰安婦」問題と関連してなぜ私たちが韓国に博物館を必要としているのかについては、簡単に説明したいと思います。
 挺対協の運動史とも関係がありますが、挺対協は1990年から現在まで約18年間、日本軍「慰安婦」問題を解決するため運動して来ました。これまでに国連やILO、女性差別撤廃委員会など、様々な国際機関が日本に謝罪と賠償などを勧告しています。それだけではなく、世界各国で議会の決議案を通して、日本政府に謝罪と賠償をせよ、それによって被害者の正義を回復せよ、と訴えて来ました。
 ところが日本は日増しに保守化、右翼化しています。日本だけではなく韓国でも保守化の声が浮上しています。世界の流れも戦争を止めるのではなく、戦争が続いており、その戦争の中で女性の人権が蹂躙され、子どもたちが戦場に連れ出されている。これが、私たちが生きている現実です。
 一方、私たちが運動を始めた後、韓国で「私が『慰安婦』被害に遭った」と名乗り出て、確認作業をした結果、「慰安婦」被害者に間違いないと確認された方、そして韓国政府から「日本軍『慰安婦』被害者生活安定支援法」の対象者として決定された方が234人いました。そのうち現在生存していらっしゃる方は93人になりました。
 このような状況で、これ以上ハルモニたちが亡くなる前に、できるだけ多くの方がご存命のうちに、ハルモニたちの歴史を私たちが忘れないということを示したい。また、この方たちの歴史を通して、今も続いている戦時下の性暴力の問題をなくすための予防教育を行い、平和教育、人権教育を行う、このようなシステムを作らなければならないのではないか、という責任感を感じています。それは歴史教育を通して、博物館を通して、またもちろん、私たちの運動を通して実践しなければならないことなのですが、とりわけ博物館を通して実践したいと思ったのです。そこで挺対協では、戦争と女性の人権博物館の建設を2004年から公式に開始しました。
 博物館の場所を決定することが、私たちにとって非常に重要だったのですが、先ほど申し上げたように、お弁当を持って来て一日中過ごして、美しい蝶や花が記憶に残り、それが再び博物館へと誘う、そんな場所はないだろうかと探していたところ、ソウル市の西大門独立公園が浮上しました。西大門独立公園内には西大門刑務所があります。日本の植民地時代に独立運動をされた方たちが投獄されて拷問され、獄死した方もいらっしゃいます。また、解放後に軍事独裁政権に抵抗してたたかった方たちが、投獄され拷問された場所でもあります。すなわち権力に、また独裁に抗った方たちの抵抗の象徴として残されている場所なわけです。私たちは、この場所を見いだし、ソウル市と約1年に亘って格闘した結果、非常に小さな、100坪にもならない敷地ですが、やっと許可を得ました。
 実は、その時から問題が発生しました。行政的な手続を経て、ソウル市から博物館の敷地として使って良いという最終的な許可を得て、それを発表した途端に、いわゆる独立運動をした方たち、その家族、子孫たちが「この地は独立運動をした聖地だ、ここに日本軍『慰安婦』博物館が入ることは許されない」と、反対運動を開始したのです。初めから公に反対運動をしたわけではなく、当初は、挺対協の事務所に団体で来て抗議したり、挺対協事務所に併設されている教育館に何時間も居座ったりしました。また、ソウル市庁に行って市長に許可を撤回するよう脅しをかけたり、担当公務員に嫌がらせをしたり、様々な方法で反対運動を行って来ました。
 このような反対は今さら始まったことではありません。これまで公にならなかっただけで、韓国社会の底辺に流れている認識でもありました。90年代初めに挺対協運動を始めた時から「この問題は恥ずかしい問題だ」という認識が、とりわけお年寄りの男性の中にありました。特に、「慰安婦」は「自ら金を稼ぐために売春した女性たち」なのに、なぜこの問題が今提起されるのか、といった日本の右翼・保守世論が韓国にそのまま持ち込まれて、韓国でも日本の認識をとりあげて「そんな恥ずかしい問題なのになぜ今取り上げるのか」といった反対が挺対協に向けられていました。それが国際世論に会って眠っていましたが、博物館の問題を契機に、独立運動をしたという自分たちの領域の中に入って来るとなった途端に、これまでよりもはるかに強い反発となって出てきたのです。
 一方、この問題は、別の問題をはらんでいます。解放後、日本の植民地時代の親日派の問題がきちんと清算されなかった問題です。親日政権が樹立され、日本の植民地時代に警察官だった人たち、将軍だった人たちが解放後、そのまま大韓民国の政権指導部を掌握しました。そして親日問題、過去の歴史問題を、きちんと解決しようとする動きが遮断されました。その過程で独立運動をした人々に対する歴史の再評価、肯定的評価がほとんどなされませんでした。そのため現在、かつて独立運動をした人々の子孫は、非常に貧しく暮らしています。それが韓国の現実なのです。挺対協はそのような現実を踏まえて、一方的にそのお年寄りたちの考え方だけを糾弾するわけにはいかないという立場にあります。独立運動をした方たちに対する評価もきちんとするように歴史清算をすべき責任もあるし、「慰安婦」被害者を汚いと考える間違った認識を正して博物館を建設しなければならないという複雑な問題が私たちの前に横たわっていました。
 この独立運動団体の反対に打ち勝てたのは、国際的な支援があったからだと思います。昨年11月に独立運動関連団体が記者会見を開き、西大門独立公園内に「慰安婦」博物館を建てることに反対した理由は3点に要約できます。一つは、殉国先烈に対する名誉毀損だ、もう一つは日本にもの笑いのタネを与えるものだ、そして未来世代に対し独立運動をしたという積極的な歴史教育ではなく、被害ばかり被ったという被害史観を注入する可能性があるという、日本の右翼が言う自虐史観のような主張、この3点を主張して反対しました。日本でも第9回アジア連帯会議実行委による声明、また博物館海外建設推進委員の方たち、在米同胞、ドイツの団体など世界各国からNGOが博物館建設支持の声明を発表し、新聞に投稿するなど様々なアクションを起こして下さいました。同様に、韓国でも女性団体が一斉に声明を発表しました。それで、光復会が公に、戦争と女性の人権博物館に反対する立場を表明しないことにした、と少し立場を変える結果をもたらしました。
 そして来る3月8日、世界女性デーです。
 3月8日午前11時から午後1時まで、西大門独立公園駐車場横にある博物館の敷地―現在売店がある場所ですが、売店は営業していません。これを撤去する作業が残っていますが―で、博物館の起工式を行います。もちろん、保守世論は簡単にはなくなりません。こちらの抵抗に押されて今はなりを潜めていますが、依然として反対の要素を抱えて私たちは出発することになります。ですから重要なことは、世界連帯の輪を、私たちは博物館が建設されて、観覧客が入るようになっても、決してゆるめてはならないということです。
 私たちが建設しようとする博物館は、地下1階、地上3階で設計されています。今もまだ議論を続けていますが、博物館に入る時の入場券に、ハルモニたちのストーリーが1枚1枚印刷されている、という形を考えています。チケットを買うと、一人のハルモニと出会う、私は2009年に生きているが、過去に生きたハルモニ、歴史と私が出会うわけです。私たちは「どうしたら過去と現在と未来が一つの空間の中で折り合うか、それが未来の平和に、未来の人権に繋がるようにできるだろうか」と悩んでいますが、それをまずチケットから始めようという発想です。
 地下1階が最も重要な、日本軍「慰安婦」問題に関する展示の場です。慰安所制度に関する写真や文書、映像などが納められ、展示されます。この地下1階から始まります。過去から現在へと繋げる形で企画したいと思っています。
 地上1階では、現在も続く戦争、たとえばイラク戦争と女性の人権問題、パレスチナで起きている戦争と女性の人権問題といったテーマで、その時々でテーマを変えながら、戦争と女性の人権問題をテーマとする特別展示をして行く考えです。
 2階は多目的ホールにして、時には国際シンポジウムを開いたり、時には小さなセミナーを開いたりします。そして、普段は動く展示器具を使った企画展示を行います。日本軍「慰安婦」問題は60年、70年前に起きたこと、日中戦争と第2次世界大戦時に起きた犯罪だけど、被害者となった韓国も、ベトナム戦争では犯罪をはたらき、加害国は未だに反省していない、このような様々な問題、戦争と女性の人権という問題を、日本軍「慰安婦」というプリズムを通して見られるようにするのが、2階の企画です。そして外では公演が行われたり、ハルモニたちに対する追悼が花畑で行われたり、芝生で活動したり、といったことが実現するはずです。
 3階には資料室があります。資料室と事務室が設置され、その資料室では日本軍「慰安婦」問題に関する資料を見ることができ、映像や写真を見ることもできる、またダウンロードすることもでき、また自宅でもインターネットを通してダウンロードすることができるように、「慰安婦」問題関連の資料を収集・管理して行きたいと思っています。
 そして、私たちが重視しているのは、博物館国際ネットワークです。日本軍「慰安婦」問題と関連して、戦争と女性の人権問題と関連して、博物館ネットワークを作ることが非常に重要だと考えています。博物館ネットワークを作って巡回展示をする、例えばドイツでは日本軍「慰安婦」写真展を行い、韓国ではナチス支配下における女性の強制売春の問題を含め戦争と女性の人権問題を展示する、そのような国際交流写真展を開催して行く必要があると思っています。昨年からそのような方向で活動を開始しました。昨年、訪問したのは台湾、中国、ベトナム、ドイツです。今年は米国やその他各地を訪れ、戦争と女性の人権博物館ネットワークを結ぶつもりです。そうして各国で生きる人々の問題意識の中に「慰安婦」問題が息づくようにすること、そしてその人々に現実問題として受け入れられるようにすることが、再びこのような犯罪が起きないようにする道だと考えています。それが、未来世代にとっては平和と人権を教育することであり、生存者だけでなくすでに亡くなった被害者も含めて名誉と人権を回復する道になるのではないかと、私たち挺対協は考えており、そのために戦争と女性の人権博物館を建設しようと考えているのです。
 今後も、たくさんの障害があるだろうと思います。皆さん、積極的に支援してください。他の国からも積極的に支援してもらえるよう働きかけていくつもりです。そのようにして、共につくる博物館になることを期待しています。
 (訳:梁澄子)

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